8月2~4週:イベントとか事業計画書とか
2010年08月30日
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この会社の特徴を知る
以来横浜で育ち、現在も横浜在住。横浜をこよなくあいするハマッコです。
おとなしくて目立たなくて泣き虫の、本ばかり読んでいる内向的な子供だったのが、なぜか2年生のときに社交的になりました。子供心に、このままじゃイカン、と思ったっぽい。そのまま社交路線を進んでますが、たぶん本質はちょっとひきこもりです。
中・高6年間女子校。演劇部に入部し、厳しい上下関係と個性豊かすぎる10人の同学年の仲間に揉まれる。女子校とは思えない濃い6年間でした。このときの「とにかく議論しながら力を合わせてひとつのものを創る」スタイルが私の価値観の原点です。
ちなみにクラブ活動以外は何もした記憶がなく、成績は常に最底辺…。引退後に一念発起して1年間必死に勉強。
放送研究会に入会してドラマを作ってみたり、インドやらトルコやらにバックパック旅行をしてみたり、小さな中学受験の学習塾で国語を一手に引き受けてみたり、ハードで有名な心理学専攻の毎週の実験レポートを徹夜しながら書いてみたり・・・と、それなりに充実した4年間。
95年、大学2年の時に、心理学のレポートを書くためにはじめてPC(Windows95)を購入し、その便利さと可能性にはまる。当時まだバカ高かったISDN回線を、バイトして実家にひきました。
卒論のタイトルは確か、「ICQを用いたコミュニケーションの随伴性」。メッセンジャーを使って、コミュニケーションの随伴性(何によって維持・強化されているか)を明らかにしようとする、我ながら意欲的かつ最先端の試みでした。でもあの実験は、人道的に問題があったかもしれない。
「人が集まる場所づくり」がしたくて、沿線都市開発や駅の活性化ができる電鉄会社を志望。同期は12人、私以外は全員男性。
入社後、希望通り沿線開発の部署で「横須賀リサーチパーク」の開発を担当しつつ、不動産に関する知識・資格・ノウハウを身につける。が、男性ばかりの部署で、数少ない女性総合職ということもあり自分の仕事や居場所を作れないもやもやが。3年半耐えに耐えたのち、トイレで号泣事件をきっかけに、「もう、この会社にいたら私ダメになる!!」と退職を決めた25歳の夏。青かった…。
転職がまだまだ一般的でないこの頃。「MBA留学でもしてハクつけるか」などとゆるいことを考えていたところ、人生を180度変えた運命的な出会いがあり、インターネットコミュニティをビジネスにしようとしていた創業期のベンチャー企業(当時はたった6,7人)に転職。コシカケ程度の気持ちが、「人が集まる場所づくり」はネットでできることを発見して、入社1週間でどっぷりはまる。やればやるほど自分が認められ、会社の成長につながる感覚がうれしくて、日夜仕事にまい進。ついでに2004年には同僚のエンジニアと社内結婚。
ときどき、あの出会いがなかったら、わたしは今何をしていただろう?と思います。人生、何があるかわからないものです。
自らの「インターネットで人があつまる場所を作る」野望を、ブログやらSNSやらがあっさり実現してしまったことからメッキリやる気を失うと同時に体調もくずし、前職を退職。ただし「人が集まる場所づくり」の方向性はどうしても捨てられず、バーチャルからリアルに戻って野村不動産に転職。商業不動産開発の部署で、仕入れ~売却まで一貫して担当。証券化などもかじる。
野村不動産が人も風通しも良い、居心地のよい会社だった(←これ本当。すごくいい会社でした。)にも関わらず、会社の名前があるからこそできる仕事に我慢がならず、自分が大企業に向いていないことを確信して、起業を決意。
諸々の過程は省きますが、現在、「ビジネスパーソンのエンパワーメント&ネットワーキングプラットフォーム」を作ろうと奮闘中。わかりやすく言えば、「優秀な人材の流動性を高めて、日本をシリコンバレーにするための基盤コミュニティづくり」です。
このプロジェクトを一緒にやりたい人、大募集中です!Twitterなどでご連絡ください♪
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メンバー紹介
かさぎ
約10年前、新卒で入社した大手企業ではどうしても自分の居場所が見つけられず、「このままでは自分がだめになってしまう...
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